今年の梅雨入りは、例年より遅いらしい。
7月中旬まで長引き暑い夏になるのだという。
そのニュースを聞いただけで、もう既に夏バテの様相を呈しているようで、
とにかく下半身が重だるく浮腫みも酷くなっている。
高齢域にもなれば、ホルモンバランスも崩れて気分の晴れ具合は、
体調不良感に支配されそうな雲行き。
否! 今頃からへたり込んでどうするの? 歩いて歩いて!
女性の平均寿命が世界一なら、健康寿命も世界一を誇らなくっちゃね。イエィッ!!
さて、最近、平岩弓枝の文庫本を読んでいたら、興味を引く一文があった。
医家を引き継ぐ医者の伴侶の選択についての問答だけど、
(前略)
同じ医者でも、貧乏医者と金持ちの医者では違う。家柄のある者と無い者とでも違う。
(中略)
医者には二つの傾向がある。一つは人の命を重いと考える、もう一つは人の命を軽く思う。
どちらも一人の医者の心の中で起こりうることです。
始終、人の生死をまのあたりにして、時には、それに自分が手を貸している。
命の尊さ、生命力の強さに感動する一方で、人の死ぬときとは、
なんとあっけないかとも知っている。これが怖いといえば怖い”と。
この一文、人間一人一人に関わる本質的な問いかけだと思いながら、
まあ短編小説の成りゆきでそのまま読み進んでは見たけれど。
潜在心理というのか、良いとか悪いとかいうことではなく、
ふっと立ち止まらせられた一文で…。
改めて医療・介護に従事する私たちが、
人の生死をまのあたりにしたそのとき、何をどのような選択をするのか…。
一人の強権な選択に従うのではなく、ストッパーとなりうる意見も出し合える
というプロセスをとおしてコンセンサスに向かうことができるのだろうか?
“自分にとって大事な人間の命は貴重で、
かかわりの無い人間の命は虫けらのごとくというのは、
なにも医者だけではないでしょう”
(後略)