春の風の優しさは、桜の開花の始まりと共に、頬を撫で過ぎてゆく心地よさにおいて感じさせられる。
風の寒さは「春とは名のみ」の歌の文句を思い出させてくれる。
おっとり風まかせに出してみる声には、力強さは無く、震える声色は、半音ほど上にずれているようでもあるが、歳歪我関せず我が心の歌の響きへの埋没感は、この上ない幸せ感に浸ることができ、当に“make happy!!”誰に聞かせるでもない我が内からの声が、こうも美しく慎ましやかに出てくれるものか?!と思えるのが うれしい。
ところで、第一波コロナ感染が2019年12月に発生したのを受けて、2023年5月までの5年間の期間、流行したのであるが、この間にあっさり(?)と、世の中の働き方・仕組みが変わってしまった!の話である。
日常生活上の問題・大変さはあったにせよ、2~3年前頃のコロナ感染勃発以降の現象として、世の中、働き方の在り方が変わってしまった(というくらい社会の働き方の様変わりは、結構割り切って合理的な体制に切り替わり、その後も維持されている職場が多いように聞く)が、その様変わりは定着してきている様で、変遷の仕方があっさりしとして、社会的な労働問題に発展しないままに、既にシレッと当たり前に変容している。
(良きことなのか?再考すべき問題はないのか?
労働条件的には、そこそこの順応性に応じて乗り切っていけたという感は、確かにそのように社会的一体感?同調感?があり、多少の他社(他者)との不平等な違いがあったにせよ、何とか切り抜けてこられたのであり、社会的労働問題として闘争に発展せず、社会は穏やかに、働き方の変化にすぎ越していけたのが、有難く思われる(私感)。
勿論、感染の流行に係わる方々(感染者とその家族や感染者発生に伴う実務対応など、“しなければならない・せざるを得ない”避けられぬ危険な役割対応を、せざるを得なかった方々には、今尚、深い感謝と畏敬の念をもっており、社会的な学びとして記憶しておかないといけないと思っているのです。
そして、その間に変遷・編成された、働き方の組み換え、働き方の変更、働いていた組織からの脱却と新職場への挑戦(?)等々、深刻で暇をおけない変容があったかとは思いますが、コロナ流行の終焉と共に、穏やかな社会的回復と働き方の変容があったように思われ(私の浅はかな発信であれば、お詫び申し上げます)
その後の立ち直りが、素早くて、社会的な変容の形を受け入れた継続性をもって、瞬く間に復活したように、受け止めているのですが…。
今の現状(感染症流行からの社会的な復興)を見ながら、つくづく思いだしているところですが、春先~のこれから、アレルギー症状が特発しはじめる時、コロナ感染症・インフルエンザは、不気味に流行っているようでもあり、気を付けて生活を律していかないといけないと思います。皆様、お気をつけて過ごされますよう お祈りしております。
