清々しく気持ち新たな新年2025年のご挨拶を申し上げます。
昨年の1年間の出来事を振り返れば、なんと申しましてもやはり、石川県能登半島を震源とするマグニチュード7.6の地震と津波被害における400人を超える(計475人)の死者数を出してしまいました災害です。
平成以降の自然災害では、死者数の多さにおいて、東日本大震災・阪神大震災(1995年)に次ぐ3番目の多さとなってしまいましたが、皆様の記憶に深く生々しく残っていることと思います。
殊に、輪島市や珠洲市は、小さな集落が山間に点在しており、TVに映し出される被害状況には、その悲惨さに心を痛め、半島の陸が孤島化してしまっている現状を直視するには、無情な映像が放映され、八方ふさがりの惨状に、苦しみを覚えたのを思い出します。
集落につながる道路の土砂崩れの映像は、昔々旅行したあの静かでキラキラした半島の景観に魅せられ馴染みのある風景で、深い感動を持っていたましたが、集落間の行くに行けない、戻るに戻れない分断の有り様を目の当たりにしては、その惨さを思いやられ、早き復興をお祈りしたものでした。
そして約1年が経ち、ニュースとして、又ドキュメントとして映し出されたその1年後の姿は、遅々として回復が進んでいない現状に追い込まれ、ふてぶてしくも1年前の被災直後の儘に、朽ち始めてしまっている倒壊風景を目の当たりにした衝撃は、さらに確かに大きく、殊に交通の分断が今尚続いている。
何らかの交通の代替手段さえも充実していない…云々の悲惨さに唖然としたものです。
復興が一向に進まず、交通の復活も寸断されたままの状況が長引いている。
それだけでも、相当なショックを受けた上に、更なる豪雨災害を受けているこの映像のショック度は、相当に大きかったです。
この時、三度目の能登訪問を果たされた両陛下の被災地に復興の願いを込める思いが、能登の皆様には胸深く伝わったのではないでしょうか。
TV・新聞紙上では、2024年の終盤の12月、私はようやく、1月の石川県能登地方を震源とした能登半島の地震被害に重なる豪雨のダメージの大きさの詳細を知りました。
復興に至らぬ遅延を、より長期化させて疲弊感漂うその悲愴さが、胸痛く伝わってきました。
私は、実際、現場を見たこともなく遠目な場所から、ニュースやドギュメンタリーでのTV映像や、時々の取材による新聞記事などから情報を得ているということで、詳細を知らないが、大体の様子を知っているというあやふやさでもって、おいそれと知っているごとくに、悲惨さや人々のご苦労について、何かしら少しは寄り添って胸を痛めていると、思い込んでいて、実際この現実を直に見たわけではないし、ボランティア活動にも参加していない立場で語っている。
我ながら眉唾物ではないか?と恐れ入る思いで書き連ねているというのが真相なわけです。
ではあるのですが、映像や新聞を通してではあっても、復興の遅れは歴然としていて、新年2025年(令和7年)初頭、1年前の能登半島震災からの復興は、今に至っても、今まで…???何をしてたの??復興作業がこれほどまでも進んでいない!!
と誰もがそう思ってしまう現状を思い起こし、殺伐さ感が長引く日常からの復興を心底、思いを寄せ続け、復興への階段を滞りなく進行されていくことを願い、関心を寄せて、其々ができることの手を差し伸べていければと、そのような始まりとして過ごして参りたいと、年の初めに思いを新たにしている次第です。
そのためにも健康であること、楽しくあることが大切であると思います。
皆様のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。
皆様にとって、どのような新年の始まりとなりましたでしょうか?
新年の祈りを書きおさめてみました次第です。