力の抜ける痛ましいニュース

冬支度も儘ならぬ季節になり、寒さに追いかけられるように着重ねをする此の頃ではある。
(今はまだ布団から抜け出しやすいけれど。段々と朝起きが厳しくなってくるよネエ!)

しかしまあ私は、加齢とともに「早起きは苦しゅうない。」と平然とした構えができている。
布団から抜け出して常温水を飲んで用を足して顔を洗ってという
一連の動作は習慣化されたスムーズな行動である。
朝食の準備を整え、まあ、食べながらニュースをみるというスタイルになっている。

ところで、11月26日飛び込んできたニュースは、なんとも痛ましい限りのニュース。

輸血によるHIV感染の話はこうである。
HIVに感染した献血者の血液が、日赤社の検査をすり抜けて出荷され、
患者数人に輸血されていたことが25日発覚。2004年以降初めてのことなのだそうだ。
今回問題となった献血男性は、性的行動についての質問で事実と異なった内容で答えており、
厚労省は「禁止されている検査目的で献血をした可能性が高い」とコメントしているのだが…。

私は、いつかこのような問題が起きるのではないかと危惧していたことはある。
しかしそのうち忘れてしまっていた問題でもある。
既に感染したと確認された患者は2人いることが判明したということであり、
やるせなさが胸いっぱいに広がる…。

その後、引き続き流れてきたニュースは、60年前の新生児の取り違え事件。
60年間、おかしいと思いながらも不思議な思いのままに
現実を生きてきた60歳の男性はインタビューに答えていたが、
1950年代以降にしばし社会問題になった悲劇である。

病院のカルテを公開しない閉鎖性が問題解決に至らなかった指摘は、まさにそうではある問題だ。
さらに、実の家族と育てられた家族の間には、経済的な格差は大きくあったようで、
辿る人生はやはり大きく違っいる。この男性の実の兄弟3人の熱心な追跡追及で、
ついにというかようやく真実を突き止めることができたという。
取り違えられた男性は記者会見で苦渋の心境を述べておられ、
高揚する心情を抑制させてコメントを発しておられたが、
60歳までのこの間独身を通され現在は、実ではない10歳上の次兄さんの
介護を担っていて生活形態は結構ご苦労されているなどの様子が伝えられた。
無言のままに胸の痛みが増す。

「命のバトン」がこんな形で手渡されていく悲惨さを思いやると、
手違いで誤ってミスったではすまされない。
人生は自分の思い通りにはいかないが、自分の知り得ようのないところで間違いが起こり、
誰のせいであることも問われないままに、自分に課せられた人生として
生き継いで行くしかないのは、悲劇としか言いようがない。

しかし、悲劇に浸り悲しみ嘆いても前進すべき解決は得られない。
私たちはこの二つのニュースをどう受け止め、社会的であり医療的な問題を解決していくのか?
そんなことを考えてみようよ。

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ノンちゃん

投稿者: ノンちゃん

大阪・住友病院で教育担当副部長を経まして、系列看護学校の副学長を歴任。その後、活躍の場を他の総合病院に移し、看護部長として就任いたしました。現在はワークステーションで登録スタッフの方の相談役として、様々なアドバイスを行なっております。長年の臨床経験・指導経験を元に得た知識を、皆さんにお伝えできればと思います。