「霜降」の節、風邪にご用心!!

先日10月23日は、「霜降」と言われあるとおり、
気温は17℃、ガクッと寒くなった。

まさに冬への誘いの節語ではあり、
暦歴からこのような非日常用語で古来の表現に触れ、
季節感を味わうことができ、秋なのである。

その前々日、私の前職場でご一緒させていただいた上司の主催する、
高齢者に優しい約10キロの里山行に参加させていただいた。
60歳~75歳の老男女のご一行様のお通りである。
ほとんどが刈り取られているものの渋柿・甘柿の
朱生りの木がところどころに散見されつつ、
稲穂の頭たわわにしなる田んぼには、
所々で刈り入れた稲の天日干し風景が見られ、
また大がかりではないながらも整然とした棚田のほとりを歩きながら、
名付けて「葦辺のぬくもり」とでも言いましょうか、
そのような大きな郷愁に誘われたものです。

奈良は私の過ごした第2の故郷。
長閑な浪漫の歴史感漂う奈良里は大好きで、
ここに居住を決めた大きな理由でもある。

そして「霜降」の当日は、
急な寒さに警戒しながら参加した48年前の大学時代の同窓会。
ご想像にお任せするが、相当に高齢者の1泊2日の集いでしたから、
話題は最近の健康状態、不都合な生活行動、
鈍くなり始めた頭脳の回転などのご披露から始まり、
とどのつまりは、若かりし20代前半のとびっきり楽しかった
(失敗もしかり、まじめな研究活動でのエピソードや、その頃のひと模様など)
思い出話に、夜の更けるのも構わず、
時には夜風・潮風に上機嫌の体のほてりを冷ましながら娘に戻ったひと時でした。

さてさて、どれもこれも秋のイベントは、嬉し過ぎて楽し過ぎて、
急な寒さにお構いなく過ごしたからでしょうか、
私は風邪っけの重だるさを感じ始め、咽頭痛・鼻汁の軽い症状に、
やや後悔をしながら、早速クリニック受診。
医者先生は、あァ大したことは無いと軽く流してくれましたが、
私は頭が重く体が重だるいのだァ。

温かい水分を丁寧に補給し、遊び疲れの回復を図り、
免疫向上の薬を飲んでおとなしくしている有様。
家で、TVを見ていると、
なんと50歳の磯野貴理子さんが脳梗塞で治療中との報。
脳梗塞は4時間以内の措置が勝負というのですから、早期発見・早期治療が命。

~そこで、早期発見の観察・異常の早期発見のみどころ・気づきどころ~
FASTに沿う観察
F=Face  : 顔の麻痺(左右差の有無)
A=Arm   : 両手の水平位保持、動き、握力(いずれも左右差の有無)
S=Speach: ろれつ(ラリルレロ・パピプペポが不明瞭)
T=Time  : 発症した時刻、急いで搬送・受診
以上、ご参考にしてください。

皆様、季節の変動時は、何かと健康上のトラブルを引き起こしやすいものです。
気を付けてご活躍くださいね。

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華麗なる宇宙の満月とLEDの英知

8日夜の赤銅色になった満月。これをもって皆既月食という。
3年ぶりの神秘現象が、鮮やかに私たちを堪能させてくれた。
むろん、赤銅色を肉眼でみたわけではない。
肉眼的には満月の輪郭を捉えながら黒い陰影が覆っていく。
満月の光から細い三日月の光へとゆっくり移動させながら皆既現象の完成に至る。
この過程を日本中の多くの人々が共有し、貴重な1時間の流れを堪能した。
短くも長くもなく惜しむことの無い素敵な時間であったと思え余韻に浸る。
何度も皆既月食現象についての説明が繰り返されていたので、知識を承知しつつも、
いざ!満月が現れると、これから始まる現象の論理など吹っ飛び(?)、
天体の華麗なる現象に、静かなる感動のため息がたなびいていた(に違いない)。

註:皆既月食は、見かけ上、太陽よりも月の方が大きい場合に起こり、
太陽の全面が月におおわれる。太陽・地球・月が一直線に並び、
月が地球の影に覆われる=実際は太陽を覆った黒い月=という現象
(参照:中学理科辞典、恩藤知典 編著、受験研究社刊)

その前日7日、ノーベル物理学賞は日本人3人の学者に決まった。
世界が認めた青色LED・科学の光明となる
青色発光ダイオード(LED)の平和的技術の開発で、
科学技術が人類に果たした光の平和的な開発に
貢献したことに対する受賞であると言えそうだが、
3人の学者は、
名城大終身教授:赤崎 勇、
名古屋大教授:天野 浩、
カリフォルニア大教授:中村 修二の各氏。

TVなどでお見かけする限り、陽気で爽やか、
3者3様の秘めた情熱のオーラを感じる(人物のモチベーションが面白い)。
LEDの詳細は解らないが、
【青色LEDが重要なわけは、三原色(赤・緑・青)で「白い光」を
実現させたということであるが、3氏は最もエネルギーが必要な青色を
生み出す素材が見つからなかった課題を追い続け、
窒化ガリウムを使って青色を出す半導体の開発に貢献。
青色の登場で光の3原則がそろい、白を含めたあらゆる色を出せるようになった。】
(【】内は、9日付毎日新聞記事引用)

「光」に因んだニュースの心地よさで思い出すが、
安倍総理は「すべての女性が輝く社会つくり」を打ち出し、
企業に対して数値目標を提起した。
政府主導の後押しがなければ、女性の社会進出は進まないのは寂しいけれど、
ようやく光の当たりにくい硬直した社会分野に光明を導かれることになるのだ。
(ただ、安倍総理の美辞表現は、いつも真実味が感じられないが)。

世の女性たちは、政治の後押しに今こそ奮起して、
持続的な努力と情熱で有効な光輝く実現にむけ
職場進出への挑戦をしていくべきだと思う。

それにしても社会貢献を地道に実践している方々に目がとまる。
NPO法人を設立して、政治の手が届かない
社会問題を担ってのNPO活動は、女性が4割も占めているという。
いつか実を結び光り輝く時が来て、継続性のあるつなぎを可能にしていけば、
未来に輝き、誰もが愛でる光となるのではと期待が膨らむ。
(それをもって社会的遺産とでも名付けようか)。

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「高齢である」をしかと知る!恥ずかしがらずに!ためらわずに!

60歳還暦を迎える、という響きには、
何かしら当事者自身も周辺も華やいでいるように思われ、
お祝いごとの行事も抵抗なく滞りなく
済ませることができるものなんだなあという気がする。

さて、それからの5年、10年というのは、時間通過が速くて敵わない。
要するに健康年齢という概念を思い切り体に感じながら過ごしているのだ。

実際、おしゃべりは緩慢な流れになり、声は張りあがっている。
場の空間の広さや、雑談する人たちと
どのくらいの距離間で話しているのかにはお構いなく、
自分が聞きやすい出しやすい音量でもって始まる。

気持ちの中にはまだまだしっかり人に迷惑をかけないマナー基準を持っていて、
体裁よく身構えて行動しているのだけれど、
どうにもこうにも複数の音が重なり合ってくるとボリュームアップさせているのだ。

近頃息子は、私と一緒に出掛けると、私の歩き方や姿勢を観察したり、
私が左右前後に行き交う人々への気配りを観察したりして、
「わァすごい!お母さん、平衡感覚すごいね」と褒められたり、
「お母さん!急に立ち止まると後ろから来ている人が
急に避けることできないから、気を付けないとお互いに危ないよ」
と注意されたりもする。

息子の辛辣な注意に、時々は腹を立てて抵抗をするのだが、
息子は、私が老けていかないよう、認知度を維持しつづけるようにと
刺激をしているのだという。ありがたい話と受け止めるべしかな?

ま、家族とあるいは親しい友人たちと、忌憚なく喜怒哀楽を表現し合って
日々を過ごせればいいのだな、と思うこの頃ではある。
一つ一つの活動を終えて一段落してみると、
結構なエネルギーを消費しているので疲れを感じるが、実際疲れやすくなってきている。
やれやれと一休みをしたくなって、動作緩慢にゆっくりとお茶を飲む。
一つ一つの活動の区切りをつけながら(否、区切りをつけながらでないと、
次の行動に移っていけないというパターンになっている)、
あァ楽しかった!あァ嫌な時間だった!あァあの人は素敵な人だった!
やれ、きれいなお花だの、おいしいお食事だっただの…
いろいろ思いつくままに味わいつつお茶を飲む。

区切りをつけて次の行動に入るまでの間合いを感じながら、
穏やかに緩やかにスイッチが入るという仕組みになってきている。

このように書いてみると、いかにも元気のない高齢者の域に
踏み込んでいくかのように思われるでしょうが、そうではなく、
「高齢である」をしかと心得ていっているのであって、ゆるゆると、
高齢を受け入れて健康的に時間を大切に使って、
結構、安全に人に迷惑をかけぬよう、恥ずかしがらずに、
ためらわずに生きようとしているのだと解ってほしい。

医療介護の現場に入院・入所する高齢の方々は、認知の症状や難聴、動作緩慢、
視力が弱いなどなど、加齢に伴う症状をいろいろと持っている方が多いと思います。
医療介護の従事は、やはり環境を整えて、
コミュニケーションをしっかりとる配慮をしてくださいね。

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近ごろ「醤油の進化」物がたり

既に皆さんはお分かりでしょうが…。
マーケット調味料売り場に行くと、
なんとまあ大小さまざまのみならず、メーカー乱立、
新商品の並んでいることしきり。
今や全国で100種類以上も作られているというのだから恐るべし否驚くべし。
美味しさ艶めかしくいろいろ進化しているのである。

醤油は、古来より「香り」が勝負どころ。
日本の醤油の始まりは、中国から伝わった調味料
「穀醤(こくびしお)」からといわれる。
この「穀醤」は液体ではなく金山寺味噌のようなものという。
この「穀醤」の底に溜まった汁が醤油のもとになったが、
盛んに作られるようになったのは、
16世紀室町時代末期のころというのだから、大した日本の文化だ。
紀州湯浅の穀のある“たまり醤油”は有名であるが、
金山寺味噌の製法が伝わった後、たまり醤油を作るようになったと。
紀州湯浅は和歌山県なのだが、私は和歌山県者。
小学生のころ器楽演奏交流会で訪れたことがあるという認識以外は
何も興味持つことはなく過ごし、親戚・友人が時折、
湯浅の醤油や金山寺味噌をお土産にくれていたのを思い出す。
金山寺味噌は、和歌山県人なら好きな人が多いだろう。
県内の家庭でよく作られてもいたのだから。

現代の醤油つくりの基本は、蒸した大豆と炒った砕き小麦を混ぜ、
麹、塩水を加えて発酵させ、できた諸味を絞って「生醤油」となるが、
昔から各地で作られてきた醤油は、地域により味や歴史に違いがある。
というのはもう広く知られている。
どこの産であれ、日本の醤油は、
かぐわしく(香しく、芳しく)なくてはならない調味料。
温かい幸せを呼び覚ましてくれる。
そして、代表的な醤油は5種類あるが、皆さん知っているのではなかろうか?
濃口、淡口、溜まり、白、それと再仕込(これは私知りませんでした)。

ところが近ごろの醤油は、次々に生まれ進化しているのだ。
ちょっと連ねてみましょうか。様々なタイプの醤油たちが並んでいますよ。
たまごかけご飯専用醤油、アイスクリームにかける醤油、ヨーグルトにかける醤油、
しょっつる(秋田の魚醤)、いしる(能登の魚醤)、鮭醤油(魚醤と醤油の中間)、
カキ醤油、燻製醤油(フレーバー醤油)、ジュレ醤油・ジュレポン酢、
スプレー醤油、フルーツ醤油、などなど。

要するに今や醤油は、続々と発売されるニューウエーブ商品。
より上手に使うことで醤油の世界は広がっていくのだ。

看護のスキルにも、古来からの歴史的な温かみがあり、
研究が重ねられてニュースキルなる技・理論が開発されている。
その場にあうスキルを上手に使って看護力をアップしよう。

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緊急災害対策

広島の土砂災害で亡くなられた方、被害にあわれた方々、
心よりお見舞い申し上げます。

広島の土砂災害は、時速40キロスピードの表層崩壊による土石流であったと。
一般的には、時速20~40キロとされているそうだが、
傾斜20~28度の急斜面590メートルを一気に駆け下り、
10トン近くの巨大な岩を運びながら住宅地に侵入したらしい。
とにかくアパートがそっくり1棟流失するという被害である。
このように書いてみても、迫力のある伝え方にならずもどかしいが、
あれから1週間たった今なお、流されるニュースは惨害の状況。
死者71名、不明者11名というから
現場の救出捜査も困難を極めているのは確かなのだ。

現地の被災された方々は気丈に後片付けをしているが、
その姿は打ちのめされた姿ではなく、
昨日まで同じ地域で暮らしあった人々への鎮魂と希望の祈りを込めて、
冷静にこの時と向かい合っておられるようで胸が痛い。

救援のボランティア活動を目指して、
被災の初日から広島にやってきた方々は多いということだけれど、
現実は人手がほしいのに、人手を現地に案内したり状況を説明したり、
待機していただく設備が整わなかったり、
仕事割を指示したりする人がいないなどなど、
受け入れる体制にないということで、制限されているようだ。
ボランティアの支援がなければ、復興作業は捗らないどころか、
大きな問題を残していくことは明らかなことなのに、
いざ 被災!という状況に、ボランティアの方々を指揮する仕組みというか、
そこそこの地域にそうした災害ボランティアリーダー(?)が備えられていない。

看護・介護の現場に働く私たちは、
施設(組織)の災害救援対策・災害時救急看護なるマニュアルが
何らかの形で設置されていると思われるが、
これほど頻繁に災害が引き起こされている現状を受け止めて、
現場で働く責務として、今一度見直し、
確認などしておくことも必要ではなかろうか。

そんなことを考えながら、ニュースを見聞しているのですが、
私の緊急災害対策のレベルは直ちに有効なものと、考えているわけではない。
本当は、私はどんな行動をしてしまうのだろうかと、不安なのである。

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何事も未曾有がつくこの頃:怪しげな台風のあとに

山極寿一さんは、京都大学霊長類学研究科教授でいらっしゃる。
次期(2014年10月)、京大総長に決まっており
6年間の任期を務められる(ことになっている)。
初の戦後生まれの総長誕生だということだから、
団塊の世代ということでもある。

同教授は、私たちにはゴリラ研究の第一人者として有名であり、
ユニークなお人柄に好感を持つ方が多いのではないだろうか。
彼は、毎日新聞の「時代の風」日曜日を担当されており、
いつも含蓄のある一文を投稿されていて、私はこのコラム欄のファンでもある。

最近、台風情報は被害規模の大きさが予測されての警報に近い。
そのためだろうか?全国あちこちの情報を丁寧に見る癖がついてきている。
今までとは異なる台風や集中豪雨のありようは、やはり悲惨である。
被害にあわなかった者にしては遠巻きにして悲しみを想像しながら
わが身の安全を噛みしめるのだけれど、
他人事の域を出て感じることができているだろうか?
もっと根源的な物の見方をしてみる必要があるように思われるのだ。
自然のしくみというか、自然がもたらす恩恵や悲惨に対しての尊厳を
語れる方々にお目にかかりたい思いが膨らむがために、
今日のブログ展開となったかな?

山極教授の日曜「時代の風」は、私に一石を投じる感動を与えてくれ、
謙虚な気持ちに満たされる。
前述したテーマに沿っているわけではないが、
そこから始まるという感じを持って紹介してみます。
自然界の豊かな生命のいとなみが主題となる一文を抜粋しています。
強烈なメッセージが届けられていると思いませんか?

(前略)…今度は人間を超えて生きル作法に目を向けてほしい。
…限りなく生活領域を広げている私たちには、
他の生物とともに生きる方策が必要だからである。
熱帯雨林で暮らすゴリラをみると、
母性の強さとあっさりとした子離れに感心することがある。
派手な身振りでメスに求愛するオスも、
決して強制的にメスを意のままにすることはない。
そして他の生物たちと見事に調和した生活を営んでいる。
そこには自然の作法とでもいうようなエチケットが存在する。
私たちは昔から人間だったわけではなく、
つい最近まで多くの生物に囲まれて生きてきた。…(後略)

さて皆さん!
今年もまたお盆がやってまいりました。
それぞれの郷里に帰られてお墓参りを済ませるのも
私たちの心の置き方によき影響を与えてくれるのではないかな?
暑さに参っているこの時期、お墓を引き合わせにして、
集う人々と涼をとってみるのもいいでしょうね。

よき夏休みをお過ごしください。

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後期高齢の猫ちゃんの痛み

我が家の猫名付けてQちゃんのこと。
我が家に来て15~6年にもなるから、
後期高齢(人間でいうと80歳前後?)なのだ。
とはいえ、三毛猫の利発さというか
凛とした雰囲気に陰りがあるわけではなく、
美人顔も崩れてはいない。目は大きく眼力もある。
愛らしさもあって、とにかくここ3~4年の間に
甘えるしぐさが何とも艶めかしい。

ところが最近、老いの現象が少しずつ目立ってくるようになって私の心は痛む。
しきりに話しかけてくるが、声色に多少老長け感があり、イガイガ声になっている。
そして、三毛猫の優雅な敏捷さが、時折失敗をしては、
やり直し行動をするという場面に出くわすことがある。
一回失敗して、やり直しに挑戦すれば成功となるのだが、
ノンちゃんの心は複雑でそんな眼差しで、
じ~っとQちゃんの動静を見守るようになっている。

Qちゃんは何事もなかったように振る舞っては毛づくろいをしているのだが、
椅子に飛び上がったり箪笥の上に飛び上がってみたりの敏捷動作が、
時にバランスを崩しているのだ。

若い三毛猫のQちゃんだったころ、2階の窓からやおら抜き足差し足忍び足の構えで、
電線に止まって遊ぶ雀たちや、軒下に巣作りしているツバメにネコパンチを加えたり、
しっつこく2階ベランダに飛んでくる鳩を仕留めたり、
夜中に入ってくるイタチに驚き飛び跳ねながらも、
素早く追いかけてパンチを喰わせる瞬間に匂い襲撃で目をぱちくりさせながら退散したりと。
獲物をとるその狙い撃ちの姿は、ある意味頼もしく、
Qちゃんにとっては飼い主に自慢の腕ご披露ということであったろう。

ただ最近のQちゃん!
失敗しかけてかろうじて難をしのいだ姿を見るにつけ、
きっとわが猫身の老いを感じているだろうし、ままならぬ体力の限界に心痛め、
自分のプライドに大きく傷がついているだろうと思う。
時々にノンちゃんは人知れず涙ぐんでいるのだ~ぁ。

猛スピードで、4人に一人の高齢者の超高齢化社会に入ってしまった日本。
いうまでもなく私たち医療・介護の職務に就くものにとって、対象となる人々の多くは高齢者。
私たちは、その人たちが意味ある道を生きてきた誇りを、
傷つけることのない柔らかい包容性を駆使して、
何らかの手を借りないと命をつないでいくことが困難になってきた
対象に寄り添う目線を注ぎ手のぬくもりを伝え見守っていけるならば、
大きな力の蓄えになりえると明日への希望にしたいものです。

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ガソリンのエネルギー

ガソリン(石油)のエネルギーを、
このようにたぎらせておくのはどうだろうか?

ガソリンの高騰が半端じゃない。
ついこの間、消費税の8%増税が始まったばかり。
力弱き国民に消費税増は厳しいとみるか
将来創世のため止む無しとみるか、
意見の別れるところだけれど、生活に直結するありとあらゆる分野に
大きく影響しているものだから、総じて出費が高騰している現状は、
庶民には、なかなか堪える~っ!!

ところで、あのガソリン価格、同じ大阪市内でありながら
店舗により166円~175円の格差値。
これは各店舗の商売上の一手なんだろうけど、
この一週間、毎日のように高騰値を更新。
目まぐるしいのなんのってありゃしない!
そして悍ましく恨めしい。

何故 悍ましく恨めしいのか?
世界中のあちこち(殊に中東・アフリカ地域、東欧・ロシア地域)の深刻な紛争、
戦争によるガソリン高騰と聞けば、受け入れ難いけれど受け入れるという
現状肯定せざるをえない痛みがあるよね。
ましてや日本では、ここ2~3年の間に、
未曽有の自然災害を受けて、未だ復興は、ほど遠いと聞く。
生活に密着したガソリンの高騰は、
こうした方々により大きくのしかかっているのだから、
尚更深刻度を増してしまう。

乞い願う「平和」なれど、戦争は果てしなく、
憎しみはもつれ合って解けることは無いかのごとし全地球の修羅。
なんて言ってはみるけれど…。感傷的にご託するわけではない。

私たち、医療・看護・介護・福祉の職務に就くものは、
基本的に平和への希求・いのちの尊厳に加担している誇りを感じて、
しっかり社会貢献すべきなんだろう。

「生まれた時から 肌の色や育ち 宗教で他人を憎む人などいない」。
1013年12月5日死去されたネルソンマンデラ氏の残した言葉だ。
惜しみなく限りない人間讃歌を此の胸内に沸々とさせておきたい。

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女性の領域

もしかしてだけど…!?私の偏見かな?
女性の領域の話だけれど…。
私は、中学生になって「月経」という現象に出会ったが、
何これ?少々白々しく構えながら、想像に難くない未知への自覚した始まりを感じた。
変化に気が付いた母には嘘ぶいた返事をしたものの、恥ずかしい気持ちが先立ち、
顔を合わせるでもなく、ま、いつも通りの行動パターンで通り抜けたものだ
(勿論母にしてみれば、我が子がこれから先、女道を歩んで行くことへの、
心づくしのお膳仕立てを用意してくれたものの、照れちゃいましたねえ)。

さて、いきなりとんでもない話をし始めたわけだけれど、
実は私中学生のころ器械体操部に所属していて、
生理の始まる1週間前くらいから体調の不快感を感じ、
実際の期間になれば激しい腹痛に見舞われ七転八倒状態。
体育系クラブは練習そのものが激しい。
女性期に出くわした場合、どうなのよぉ?休むのってある意味当たり前よねぇ?
って。でもそれって、女子部単独での練習ならば理由にもなるだろうけど、
男子部と合同、あるいは女子部の監督が男性ならば理由にして休むことなく
練習に励むということになるんだろうね。
ま、こんな甘い考えで通り抜けてきた青春時代でもあるんだよねぇ…。

先日、ちょっと驚いた話題が提供された。
確かに女性の生理に関しては表ざたにはしないし、
体調不良の理由が自己の生理のためという弁明にはし難い。
女性の生理に関わるコンディションには、個人差が大きく、
身体面に出る場合とメンタル面に出る場合があって、繊細な問題である。
そしてまた、女性間では解る解ると気軽な問題であるとしても、
男性には解り辛い問題でもある。
からして、社会に出て働く女性たちは、男性が上司の場合、
生理による体調不良を理由に休暇申請はしにくいから、
他の理由で休むか、頑張って働くって選択をするよね。
特に男女雇用機会均等法が施行されて以降、堂々と生理休暇の権利はないしね
(これはこれで良いのだけれど…)。

問題は、我慢して放置して思わぬ病気を招いているということ。
何も生理だけに関わることではないけれど、
子宮内膜症や不妊を招く誘因・原因となるならば気を付けなければいけない。
特に、近年は高齢出産と帝王切開による出産が増加しているという。
女性ならではの支え合う目線を養うことが大事だ。

ところでもう一つ。
帝王切開で出産した若い母親が、自然分娩した女性に引け目を感じて、
悲しい、自然分娩児より弱いと言われた、母親として情けない、
良き母親になれないのでは、母親として失格などと、
他と比べての心理的な悩みの発言をしている。
生れ出てきた赤ん坊は、元気で可愛いにもかかわらず、
帝王切開に負い目を感じて子育てしているという。

これってもしかしてだけど…、
何か成長の過程で育まれていない要素がある気がして…。
自分が皆と同じく普通のコースを辿れば、友人や身近な人々の中に異常とか
普通でない形を辿らざるを得ない選択をしたことに対して、
偏見を持ってしまう側に立つのではないかと。
私の偏見かもしれないけれど、そんな心配な思いを感じたものです。

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小宇宙の飽きない満足!万華鏡

小学生のころ(今はもしかしたら幼稚園で作るかも)、
図画工作の時間に万華鏡を先生や仲間と一緒に手作りしたことがある。

案外簡単にできるもので、その行程を皆でワイワイ言いながら楽しみ、
出来上がった自家製の万華鏡に満足感の笑みがこぼれたのを思い出す。

今頃なぜ万華鏡なのかというと、
先日我が家に昔の仕事仲間(後輩)が訪ねてきてくださり、
「此の万華鏡私が作ったのですよ。ちょっと見てください」と、
二つの万華鏡を机上に並べてくれた。
内心、気に入った方を私にくれるのかな?
そんなことを思いながら、
小さな筒の小さな穴から覗いてみて驚いた。
(そしてトドのつまり、彼女の処女作の
万華鏡二つは私の手に入ることはなかったけれど…)

昔作った万華鏡は厚紙筒で、
小さく切った色紙の具材が鏡を回すごとに、
バサッバサッと小さな音を立てて万華の世界を創っていたが、
後輩が見せてくれたのは、彼女が手作りした
アクリルタイプのオイル式万華鏡。
三面鏡の中のアクリル具材は、静かに緩やかに回転しながら
私を飽きることの無い小宇宙の世界へと。癒されましたねえ。

万華鏡のミラーは3枚のミラーを組み合わせたもので、
この部分は万華鏡の心臓部といわれている。
ミラーの大きさや材質で、品質が左右されるということですが、
ミラーの像が何回も反射されて、無限の広がりがあります。それ故、
反射率の高いスパッタリングミラーが必要とされるようです。

(為参考):万華鏡は、1816年にスコットランドのデビッド ・ブリュースターという物理学者が”Kaleidoscope”という名前で特許を申請したのが起源と言われています。彼は、灯台の光をより遠くまで届かせるために鏡の組み合わせを工夫している最中に万華鏡(kakeidoscope)を発見しました。それを元に開発をしたようです。その後アメリカに伝えられて、1800年代中頃にはガラスアンプルに液体とともに具が入れられたものが誕生し、その後、アメリカやイギリスで玩具として広がっていきました。

”Kaleidoscope”カレイドスコープはギリシャ語を元にした造語で、
”Kalos”=美しい、 ”Eidos”=形、模様、”Scope”=見るもの
の3語を合わせた合成の言葉です。

日本には、1819年(文政二年)頃に入って来たと伝えられ、
「紅毛渡り更紗眼鏡流行 大阪にて贋物多く製す。」
という記述が「摂陽奇観」にあり、
発明後わずか3年にして日本でも伝わり、
インターネットや通信手段が発達していなった当時にしてみれば、
その速さには驚くべきものを感じます。(後略)

今日私は、友人にお願いして、癒しの小宇宙!飽きない小宇宙!
万華鏡を作ってみましたの。
今夜は万華鏡を友にして眠りますから、よく眠れそう。

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