こんにちは。
コーディネーターの渡邉です。
2023年がスタートして早いものでもう半月以上が過ぎてしまいました。
新年から、淀川に漂流してきた淀ちゃん(クジラ)のニュース。
名付けられた後、亡くなってしまって心がよけいに傷みましたが、次は淀ちゃんのご遺体をどうするかで、大阪市が色々模索しているニュースを観て、主人と昨年に観た「大怪獣のあとしまつ」という映画を想い出し、こういうことって、本当にあるんやなぁと会話をいたしました。
昨年は予期していなかった義母の死から始まり、それこそあっという間すぎる一年でした。
そんな中でも沢山の映画を観て、沢山の本を読みました。
withコロナの時代にもなったので、久々の友人たちにも沢山会い、3年ぶりに東京にも旅しました。
私の東京の目的は、東京のお友達、知人に会うこと、野球オタクの主人は神宮大会観戦が目的でしたが、1日だけ、夫婦で「葛飾区柴又」に出かけました。
目的はもちろん、私達夫婦が大好きな「寅さん」に会うこと。
50年続いた映画、男はつらいよシリーズの寅さんです。
もちろん亡くなられてますので、ほんものには会えませんが、寅さんの記念館、山田洋次監督の記念館もありますので、そちらに行ったり、柴又の町並みを歩き、寅さんゆかりのお店で飲食したり、帝釈天へお参りしたり、細川たかしさんの歌でも有名な(平成世代には伝わらないかもですが)矢切の渡しに乗ったりしました。
柴又に行くのも3年ぶりです。
正直、寅さんの魅力にとりつかれたのは、寅さんが亡くなってから、というよりも50作目の、おかえり寅さんという映画を観てからです。
存在は知ってましたし、ここ15年位の山田洋次監督の映画はほぼ全部観てましたので気になってましたが、なにか古臭い気がして、あえて観ようとはしてませんでした。
ただ、吉岡秀隆さんがその50作目は主演であることと、なによりファンクラブまで入ってるサザンオールスターズの桑田佳祐さんが主題歌を歌うということで観ました。
で、寅さんのとりこになり、一度柴又へ。
そこからコロナ禍。
BSテレビ東京で毎週土曜、全作を一年かけて放映してくれたので、全部観て、翌年また全作をもう一度放映してくれたので、また全部観ました。
寅さん、そして登場人物のみなさんが教えてくれること。
いろんな魅力はありますが「ご縁は大事」ということをとてもとても学びます。
自分のしたことは自分にかえってくる、それも学びます。
いろんなセリフが忘れられませんが「人はなんのために生きてるか」と甥っ子に質問された寅さんが「生きてて良かったなぁていう日がたまにあるだろう、その日のために生きてるんじゃないかな」て返した場面はほんとに胸にささり、どんなにしんどくても生きてて良かったていう日は絶対あるから、それを信じて生きよう、しんどいときは寅さんの言葉を思い出そうと、寅さんの名言集の日めくりカレンダーまで今回は買ってしまいました。
最近は古き良き人を知る、ことにけっこう時間を費やしてます。
良き人、という言葉には語弊があるかもしれませんが、やはり、歴史に名を残した人には、良くも悪くも何かしらの理由があり、歴史的に意味のあることをされていると感じ、わたしの興味のある人が、これもまた運良く、私の大好きな瀬戸内寂聴さんが小説にされているので「伊藤野枝」さんと「岡本かの子」さんについての小説をたて続けに読みました。
こういった女性たちに興味をもつことになったのは弊社の顧問楠本と、昨年亡くなった義母の、影響が大きいです。二人共、私の知らない日本のこと、世界のこと、歴史をたくさん教えてくれます。
皇室のこと、歌舞伎の世界、女性活動家、様々な歴史上の人物、聞いたことのない名前の方々まで、幅広い知識で、お話聞けるのでほんとに勉強になるし楽しいのです。
母よりも一世代上の義母や楠本に出会えて、身近でふんだんにお話が聞けることは、私の人生にとっても大きな財産です。
その中で、私自身は、そこそこ封建的と言いますか、さだまさしさんの関白宣言のような、妻は旦那より先に起きる、お風呂はあとに入る、寝るのも旦那より後、という自分のなかでの決まりがあり、(幼い頃からそういう母を見てきたのでですが)、それ以外にももちろん仕事でも、自分の「ねばならない」に支配された頭で生きてきていて、それを捨てれば楽になるのに、自分のその古い考えだけで、勝手に疲れてしまってることが多いなぁというのは、人からも言われるし、自分でも感じてました。
完全な完璧主義者ではないからこそ、余計にジタバタすることも多く。
伊藤野枝さんや岡本かの子さんは大正時代、昭和初期ではまさしく浮いた人たちだと思いますし、当時の女性の「ねばならない」には一つも当てはまってない人生だと思います。
特に、岡本かの子さんは、あの太陽の塔で知られる、岡本太郎さんのお母さんなのですが、岡本かの子さんを知ると、「岡本太郎さんはまだまだ常識人」と思わせるくらいの破天荒な人生を歩まれ、破天荒な性格をされていたことが小説からもわかります。
そして、魅力的なのです。
でも、本人の中には芯があり、情があり、たくさんまわりに迷惑をかけても、恩はちゃんと返す情もあり、自分のだめな部分も理解し、きちんと人を頼れる、どこかしら寅さんに似ているので、小説を読めば読むほど、岡本かの子さんをもっと知りたくなりました。
日々葛藤しながら生き、自分の欠点も理解する年齢になり、でも、そこをあらためることももう苦痛になるので、(たとえば私なら、ねばならないをやめねばならないと思うことがまた苦痛)これはもう、この性格に付き合いながら人に迷惑かけても、ちゃんと謝れたり、恩を返せるように心がけて生きていくことを大切にしたらいいよね、と、私が愛する破天荒な人たちが教えてくれている気がします。
「子供は産んでおくべきだった」と、ときどき考えることがあります。
欲しかったといえば、やはり欲しかった、ですね。
私には4人の姪がいます。
もう、主人側の姪2人にはそれぞれ、娘もいて、いわゆる姪孫という存在までいる私です。
姪や姪孫たちのことがこんなにかわいいなら、きっと自分の子供ならどんなにかわいかっただろうとも思います。
でも、同じ思いがいる人に出会ったときに同じ目線で話せて、私にしか打ち明けられないようなドロドロした感情を話してもらえることもなんだか特権だと感じてしまってます。
両家の親とも亡くなり、お正月に、それぞれの実家には帰るものの、言えばもう「帰らないといけない実家」ではなくなったのもたしかです。
ただ、そんな姪、姪孫、全員に会える(そして、2人の姪がもう既婚なので、いわゆる義甥にまで会えます)のはとっても幸せなお正月。
今年は初めて、まだ子供の方の姪2人がうちに泊まってくれました。
その長女のほうは、私や亡き母(姪からみれば祖母)と同じ辰年。
生まれたときから人懐っこく、そして10歳になった今は、おばバカながら「むちゃくちゃ賢いんちゃうか」と思わせてくれます。
そんな長女が今年、私に、はっとさせてくれた言葉をひとつ。
私の弟(その姪からすれば父親)がもう40歳を超え、加齢臭なのかおじさん臭なのかを気にし始め、私の主人が使っている、柿渋ボディソープに興味を持っていたので、本人がいないところで姪に、「お父さん臭い?」て聞いたら「お父さんは臭くないよ、ただ、私の鼻が敏感になってきてん。香水とかもあかんし、臭いものを感じやすくなってしまった」てさらっと答えたんです。
きっと、お父さんのおじさん臭も感じるときがあるけど、お父さんが臭いんじゃなく、自分の鼻が敏感になっただけと言いたい可愛さ。
おばバカですが、ほんまに賢いし、ええ子に育ってるなぁ、きっと学校でも、お友達と楽しく過ごせてるんやろなぁと思いました。
でも、どんな子でも、悩む日もくるし、人とうまくいかないときも出てくると思います。
そんなとき彼女たちの母世代より一世代上になる伯母の私にも、相談したいなと思ってくれるような存在になれたらなと思います。
私が義母や顧問の楠本にそうしてきたように。
2023年初のブログも長くなってしまいました。
今年もいろんなことがあると思います。
去年を振り返れば、義母が亡くなった2月の辛さと、自分が右耳前にできたしこり手術&入院した4月の大変さが心に残り、激動の1年でした。
乗り越える度に、経験値があがりますが辛さが軽くなることはありません。
でも、いろんな人の立場にたって、一緒に考えられる人間にはなっていってると、勝手に自負しています。
看護師さんとお話すると、よく、患者さんに寄り添う看護がしたいと、心から言われるかたが多いです。
私も微力ながら、お仕事を相談してくださる看護師さんをはじめ、医療職の皆さんの心やお立場に寄り添い、なんでも相談しやすいと思っていただけるコーディネーターになっていきたいと心より願う年頭です。
今年もよろしくお願い致します。
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